GARIO@DayNight

死と愛と喜劇について呆然と考える

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報告:第二回文学フリマ大阪が終了する

9月14日(日)に開催された第二回文学フリマに参加してきた。

1次創作オンリーイベント、しかも文字書きが多そうな印象の文学フリマということで、もしかすると本気で文学をやっているような人が多数いるのでは、と恐れていたが、なごやかな雰囲気(というか他のイベントと大差ない)で安心した。

安心ついでに、本を売りながらうたた寝してしまった(申し訳ない)。

今回はトリジナルとしてではなく、GARIO+カノウソウスケとして参加したので、売った本は友人のカノウソウスケのと私のの2種だった。

友人のも私のも売れた。

良かったことだ。

私の本を購入してくれた人が、ネットでも(すなわちこのTumblrで)作品を閲覧している旨を教えてくれた。

私の知らない人で、このTumblrを見てくれている人に生身で出会ったのははじめてだ。

売れている作家や閲覧数の多いアマチュアはともかく、私のようなステルスマイナー(マイナーであり、かつわざと身を隠すような愚行をする人)にとって、自分の作品を読んでもらっているという報告は、非常な幸福を生む。

本気で、あと1,2年はこの幸福で生きていける。

そう思う。

この幸福が100度くらい続けば、私は幸せなまま死ねるだろう。

なら、充実した余生を送るために、もう少しTumblrにも作品を上げなければならぬ。

とにかく、文学フリマの私のブースに来て、本を購入してくれた人、立ち読みしてくれた人、表紙だけでも見てくれた人、素通りした人、すべてに感謝したい。

次は関西コミティア45で会いましょう。

それでは。

文:GARIO

登録カテゴリ: 報告

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雑談:ある主張をするときの基準に関して

  • ある主張をするときの基準に関して

世間に向けて――私的であれ公的であれ――ある主張をしたいとき、そしてその主張でみなを啓蒙したいとき、その主張は次の大雑把な2つの基準のどちらかを満たしているべきである。

基準1 正しい経験的(あるいは科学的)知識(※1)に基づいているかどうか

基準2 正しい規範(※2)に基づいているかどうか


基準1は、われわれの世界(自然)がどんな状態であるか、どのように機能しているのか、どのように生まれたのか、そして将来どのように変化していくのかを適切に理解し、表現できているかという基準である。

基準2は、われわれがこの世界でさまざまに振る舞うにあたり、どんな規則に従うべきか、何を追求すべきか、どんな振る舞いが禁止されるべきか、そもそもわれわれはなぜ生きているのかを適切に理解し、表現できているかという基準である。

基準1を満たす(必ずしも基準2を満たすとは限らない)主張は、一般に科学者や工学者によって為される。基準2を満たす(必ずしも基準1を満たすとは限らない)主張は、一般に哲学者や倫理学者、思想家によって為される。基準1を満たさない主張は机上の空論の謗りを受ける可能性があり、基準2を満たさない主張は倫理として語るには雑多である。

この2つの基準の両方を満たせという要請は厳格すぎるけれども、1つの基準も満たさないのは誠実さに欠けると言わざるを得ない。


※1:経験的知識とは、われわれが物理的に、神経的に、さらには理論的にも経験できることに関する知識である。ここでは、経験的知識と科学的知識は同義とする。なぜなら、現在もっとも洗練された経験的知識の蓄積と発展の手法が科学的手法であり、経験的知識をより信頼できるものに高めていけば、経験的知識は自然に科学的知識と等価に至るだろうからである。

※2:ここで言う規範は、世間や学界において一定の正当性を認められているものとする。そのような規範は複数あり、ときに互いに対立するけれども、主張者が整合性を持って規範を運用している限り、正しい規範に基づいていると判断する。反対に、主張者が世間や学界からとうてい認められていない不合理な規範を採択していたり、正しい規範を採択していたとしてもそれを整合的に運用していなかったり、互いに対立する規範を混同していたりすれば、正しい規範に基づいていると判断することはできない。すなわち、基準2は、主張者が一定の評価を得ている規範を適切に運用できているかどうかと換言することができる。


文:GARIO

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報告:第二回文学フリマ大阪に参加する

文学フリマ大阪に初参加する。

1次創作の即売会としては異色と言える、本格的なイベントと伝え聞くけれども、さて。


文学フリマには、私の(トリジナルのメンバーでない)友人であるカノウソウスケと合同で参加する。

(友人に関しては→http://noctphaeism.nobody.jp/

カノウソウスケは、友人を作るのが一際下手な私には珍しい、最近できた友人である。

(他の友人はみな、少年時代からの友人である。大人になってから、私はどうも疑り深くなってしまったようだ)

小説とともに音楽の創作もしている人で、私としては、何とも雲の上と言う感じである。


販売する作品は、当初は合同誌を出そうと意気込んでいたわけだが、間に合いそうになくなった。

(合同誌に関しては、長い目で見よう。将来的には出したい)

結局、友人と私の短編集を2冊販売する。

トリジナルの一員としてでなくイベントに参加するのははじめてだが、マァ、それほど変わりないだろう。

よろしく。

文:GARIO

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雑談:温故知新としての古靴めぐり

中古品について、皆さんはどのような印象を持つだろうか。

当然のように中古品を買って使う人もいるだろうし、すでに手あかのついた品はヤダって人もいるだろう。

この両極端なら、私は後者寄りの感性を持つ。

(当たり前だが、だからって前者の考えを否定するつもりはない。中古品を使用するのはとても経済的だし、古いからこその価値もある)

なので、私は靴はだいたい新品を買う。

その理由は、靴のような皮革製品は、使い込む過程も大事だからである。

どう使い込むかは人それぞれだろうが、使い込むのは自分でしたい。

私は使い込む経験ごと靴を買っているつもりである。

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